本の情報
- 著者:壇俊光
- タイトル:『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』
- 出版社:インプレスR&D
- 出版年:2020年4月
この本を読んで
2004年5月10日に、Winnyの開発者である金子勇氏が著作権法違反幇助の罪で逮捕されました。この本は、逮捕された金子氏の弁護を行った弁護士の壇俊光氏によってノンフィクション小説として綴られたもので、2004年5月に逮捕されてから2009年10月に高裁で無罪が確定し、2011年12月に検察の上告が棄却されるまでの軌跡が描かれています。
そもそも、Winnyとはどのようなものなのでしょうか?恥ずかしながら、この本を読むまで、聞いたことはあるけれどもその実態はよく分からないというのが正直なところでした。事件当時はまだ学生だったこともありますが、おそらく今の若い人の中にはリアルタイムで事件を聞いたことが無い人も多いのではないでしょうか。そういった意味でも、今この本によって改めてWinny事件について学ぶことは意義のあることだと思います。特に若い人がこのWinny事件について考える時は、当時はYoutubeもSNSもまだ存在しておらず、ファイルをネット上で共有するというWinnyのシステムはとても革新的な技術であったということを知っておく必要があります。
金子氏が電子掲示板「2ちゃんねる」で、新しいP2Pファイル共有ソフトの開発宣言をしたのが2002年4月1日でした。彼の書き込みがスレッドの47番目の書き込みであったため、「47氏」と呼ばれていたそうです。
WinnyとはP2P通信方式を利用してファイル共有を行うソフトで、これは一般的に使用されているサーバ・クライアント型とは異なる方式です。サーバ・クライアント型では、データがサーバーに全て蓄積されており、データのやりとりの記録もサーバー側に残ります。一方、Winnyを使用してファイルのダウンロードを行うと、複数のノードを経由してファイルが送信され、経由されたノードにもファイルが残るため、そのノードが後に送信者になることも可能でした。このような「キャッシュ機能」は高い匿名性を実現し、金子氏が逮捕される前年には、著作権の対象となるデータをWinnyに公開したとして利用者が逮捕される事件がありました。
このようないわゆる正犯とは違い、開発者である金子氏が逮捕されたことは、多くの議論を呼びました。今で言うと、Youtubeに違法動画がアップされて、そのアップロードを行った人が逮捕された後に、Youtubeを開発した人も逮捕されたというような状況です。2チャンネル等の支援者からは、1,600万円を越える支援金が集まる一方、マスコミは警察が金子氏の自宅から押収したアダルトビデオを並べて、変態的な性欲のためにWinnyを開発したかのように報道をしていたと記されています。ただこの本を読んだ後にWinnyについて調べてみると、当時の報道の中には金子氏を逮捕したことに対して否定的な意見を述べていたものもありました。それだけ、金子氏の逮捕は賛否両論の議論を巻き起こしていたようです。
Winny事件において争点となったのは、「なぜ金子氏がWinnyを開発したのか」「どういった点が著作権侵害の幇助にあたるのか」ということです。警察側の考えは、本書では以下のように記されています。
当時、警察側はコンテンツビジネスを媒体中心からデジタルコンテンツ中心へと変革させるために、著作権侵害を蔓延させようという目的で開発公開したなどと言っており、リークした情報がマスコミにガンガン報道されていた。
また、一審の公判の検察の冒頭陳述については、以下のように記されています。
検察の冒頭陳述は、金子が著作権制度の崩壊目的だとか、アダルト画像欲しさにWinnyを作ったと言いたげな内容であった……
また、何が著作権侵害の幇助に該当するのかという点については、検察側の回答は以下のように記されています。
そして何が幇助かは、冒頭陳述でも明らかにしない。求釈明にも答えない。今度は「立証段階で明らかにする」である。
この、「なぜ金子氏がWinnyを作ったのか」という点は、実は警察もよく分かっていなかったと本書には書かれています。「なぜWinnyを作ったのか」という点について、著者の壇氏は以下のように述べています。
「そこに山があったから登ったんだ」
本書に描かれている金子氏の素顔を知れば、この言葉が一番しっくりくると感じるのではないでしょうか。
一審の被告人質問における金子氏の主張は、以下のようにまとめられています。
Winnyが著作権侵害ツールではないことを。
その後特許取得したP2Pネットワークにおけるコンテンツ管理システムの構想を。
彼がWinnyで違法なやり取りをしないように呼びかけていたことを。Winnyを悪用した情報漏えい問題に対して対応できないことへの忸怩たる思いを。・・(中略)・・
彼の立件をあきらめきれない警察が、彼を富士見警察に任意同行し、Winnyの開発をしないという「誓約書」を書いて良いと言ったのを利用して、著作権侵害蔓延目的である旨の作文した「申述書」を書き写させたことを。取り調べで警察や検察が彼を恫喝して、罪を認めさせようとしていたことを。
しかし、一審の判決では、「著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図していた」という部分は否定されたものの、「150万円の罰金」が処される結果となりました。
この裁判は、弁護側と検察側の双方控訴が行われ、2009年10月に高裁で無罪が確定します。壇氏によると、「開発者もWinnyの現実の利用状況を認識していない」という主張が、無罪判決に繋がったそうです。
結果的に無罪が確定したものの、2004年に逮捕されてから5年の月日が経っています。その間の心労を考えると、どれだけ辛いものであったか想像をするだけで胸が痛みます。
新しい技術が生まれると、そこから必ず新しい犯罪が生まれます。実際にWinnyでは著作権侵害以外にも、Antinnyという暴露ウィルスによって情報流出が起こる事件も起きていました。その時、その技術を開発した者の責任とは、どこまで問われるものなのでしょうか。考えさせられる一冊です。